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2006.11.13

NYシティマラソンとデジタルカメラの話

おはようございます。

土屋です。

いま、月曜日の1週間の始めの朝礼を終えたところです。


武漢での研修の模様など、
写真を見せながらスタッフに報告してきました。


当店のお客様たちの反応でも、

「私は、スーパーでは中国の野菜は避けているのですが、婦宝当帰膠は先生が実際に製造過程などを見てきて、品質がとても良いとのことを知りまして、とても安心しました。中国の野菜は買わない私が、中国の漢方で健康を作っていることは不思議ですね」などのような、ことをお聞きします。


後日、写真入りで「武漢へ」シリーズは作成していきますが、
婦宝当帰膠の主成分の「当帰(とうき)」は、日本の「ヤマト当帰」を
実際に空気のきれいな湖北省で無農薬で「日本人よう」に栽培していますし、
品質は最高に良いものなのです。


さて、話は変わりますが、今日の朝のNHKラジオの話です。


NYシティマラソンの話でした。


先日、NYのマラソンを走った現地の日本人のかたのレポートでした。


「今年のNYマラソンも無事に終わりました。

最近、話題になっているのは「最先端のデジタル・マラソンランナーです。

彼たち、彼女たちは、デジタルカメラやビデオを片手に、

耳にはアイポットをつけて、胸には心臓の鼓動を計測する機会をつけ、

はてまたスニーカーも歩数が分かるようになっています。


伝統的にNYシティマラソンは、ランナーみんなで

支えながら、励ましあいながら、

仲良く「お喋りしながら」走ることがスタイルでした。


ところが、「最先端のデジタル・ランナー」たちは、

「一人だけの世界」に閉じこもり、

もくもくと走り続けます。


私たち、昔からのランナー、アナログの「クラッシクランナー」たちは、

このままではマラソン大会が駄目になるのではないかと

最近とても危機意識を持つようになっています」


という話でした。


デジタル機器の発達により、

人々の生活様式が変わってきて

マラソン大会でもだいぶ様変わりしてきたという話でした。


一方、NYの善意の方々により、
ガンの治療を無料ですることができて、
ガンが治った方々がNYへの感謝への気持ちと、
これからのガン患者への寄付集めで、
走った「マイル数」で寄付を受けるように、
全員オレンジ色のパーカーを着て百数十名がシティマラソンを走り、
今年はなんと「1億数千万円」を集めたというホットな暖かい話題もありました。


その方々の集団が走っていると、
パーッと花が咲いているように可憐な雰囲気となり、
観客からの励ましの声援もとても大きいのだそうです。


さすが、NYです。

セントラルパークは、紅葉で
黄金色にイチョウが輝いているそうです。


私のほうでも、昔は中国に行けば、

山ほどフィルムを持っていって、

日本に帰ってきてから、一緒の仲間の先生たちの写真も現像して、

お礼の手紙とともにお贈りしていたものでした。


ところが、今はデジタルカメラになりましたので、

そのような面倒くさいけれども、

本当に「人間くさい付き合い」が減ったのではないかなあ~と

思っていたのでした。


デジカメの写真では、相手に郵送することがありませんので、

付き合いが「希薄」になっている感じもします。

NYシティマラソンもそうだし、私の場合も同じで、

これからは、もっと「人間くさい付き合い」をしていこうと思います。


よし「アナログ・クラッシク人間」になりましょうか。


そういえば、昨年によく「NY通信」でNYの

素敵な写真を送って頂いた当店のお客様 N様は、

妊娠されまして日本に帰国中です。


もうじき出産のはずです。


今朝は、NYシティマラソンの話を聞くと同時に、

旅行のデジタルカメラの写真のことと、

N様から送られてきたNYの写真などが

鮮やかに脳裏に浮かび、懐かしい気分と

これからもっと人間らしい「濃い関係」を目指そう…


などいろいろと思いました。


Dscf0336youkou

<2006年11月3日 長江の朝焼け>

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